古来から人々は死を恐れ、死を穢れたものとして見てきました。 葬儀に携わったものは穢れを受けるので、身を清めなければならないとされていました。その流れで、今でも、通夜や葬儀の時に、会葬御礼の挨拶状とともに小さな袋に詰められた塩、お清め塩が配られることが多くなりました。
しかし、浄土真宗では、死を不浄とする考えに基づくお清め塩は迷信であるとしています。確かに、生前、親しかった人や、お世話になった人が亡くなり、それを悼む気持ちで参列するのに、死者となった故人を不浄のものとして忌み嫌うのはおかしいという考えにも一理あるように思います。
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